まず、自分なりの解釈でアンサーを書くとすれば「本当に、そのクルマが好きであれば大抵の場合は維持ができる」である。ハード的なものではなく、いきなり精神論的な話から入ってしまったが、決して抽象的なことを言っているのではない。

ユダ会長 HCC95

▲現在所有しているMGB Mk1(1965年)

長きに渡って旧車に乗っている人ほど多少のトラブルにはまったく動じない

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▲現在所有のMGB Mk1の原型?

旧車を維持するにあたり、「旧いクルマなので壊れそう。お金が掛かりそうだし、ハードルが高いのでは」と思っている人が多いのではないかということだ。

正直な話、現代車に比べれば「壊れる」可能性が高い。しかし、維持する人の経験値によってそのハードルは人それぞれに変わっていくことも事実だ。ちょっとしたところが壊れるたびにローダーを呼び、修理に持っていくのであれば、途方もない維持費が掛かることは言うまでもない。結果として、憧れと現実のギャップに苛まれ、1年も乗れば嫌になって乗るのを諦める人が多いのも事実である。

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▲以前乗っていた1968年MGC-GT(日本に数台が存在)

しかし、筆者を含めた仲間内を見回してみると、長く乗っている人ほど多少のトラブルにはまったく動じなくなっている。トラブルに遭遇しても、経験値をあげていくことで、その場で修理するのがあたりまえになっていく。その結果、ちょっとしたトラブルならいつの間にか「故障」とは思わなくなるのだ。これってもしかしたら、不感症に近い感覚ともいえそうだ。

もしかしたら「壊れて当然」というより「壊れたという認識がない」と置き換えた表現の方が適切かもしれない。

身近に仲間がいなくても、インターネットやSNSを駆使すればきっと見つかる

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▲現在レストア中のFIAT500(1972年)

今や、SNS等のネットワークを介して、あらゆる人と繋がりを持てる可能性がある時代となった。自分でほんの少しでも維持する努力をしようと思えば、経験豊富な方々がさまざまな知識を惜しみなく教えてくれる。そういう意味では、旧車に乗るには素晴らしい時代へと変化してきていることがお分かりいただけると思う。

クルマが壊れたとき、あるいは維持で困っているとき、今までさまざまな困難を乗り越えてきたベテランの方々の経験を踏まえたうえで自分なりの知識と経験に活かすことも可能なのだ。

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