『暦便覧』には「陰気ようやく重なりて露凝りて白色(はくしき)となればなり」とあり、春と夏の陽気から陰気に変化する秋、空気中の水分も冷やされ露となり光を浴びると白くみえる時季です。一面の露のきらめきがみられるまでにはもう少し時間がかかりますが、9月にはいると季節は秋へと心の中でも変化していきます。
秋を色にたとえると「白秋」です。詩人、北原白秋ですっかりお馴染みですが、なぜ「白」となったのでしょう? 日本人の季節感と色彩について少し繙いてみたいと思います。


中国からやって来た春夏秋冬の色。秋は「白」春夏は?そして冬は何色?

歳時記をはじめ毎日の暮らしの中に息づく日本の文化の基盤となっている、十干・十二支や陰陽・五行思想は古く中国から伝わってきました。これらは結びついて陰陽道という学問となり、平安時代には天文や暦を司って政治にも大きく関わっていたことは知られています。
根本の考え方は互いにつながりを持ちながら循環していくというものです。一番身近なのが生まれの干支でしょうか。12年で一回り、同じ干支だとわかって親近感を持ったり、年の差を考えるとき一回り等を目安としていますね。人生では60歳で還暦、十干十二支の組み合わせが一周して新たに生まれ変わる時としてお祝いをしてきました。
廻る季節も五行説によって色が決められています。芽吹きの春は青「青春」やる気・元気の象徴です。盛んな成長期は燃えますよね、だから夏は赤い「朱夏」。
そして秋の白「白秋」実りの秋が何故白なのだろう? と疑問にも思えます。が、収穫を終えた1年の終わりを考えてみると「白」も納得がいくような気がします。
冬は白の反対となり黒で「玄冬」です。冬は春へ向かう兆し全てを包みこんだ色ということで「黒」なのかもしれません。
季節に色が付くと空気も生き生き動き出し、その日その日の生活がカラフルになっていくような気がしませんか? 春の青、夏の赤、秋の白、冬の黒、4つの季節を過ごしながらさまざまな色が生まれ、世界に個性豊かな色が溢れているってステキです。


日本人の心の中で秋に色を感じたのはいつ頃なのでしょう

昔の人々は秋をどのように感じていたのでしょうか? 和歌の中に探してみたいと思い『万葉集』を開いてみました。中に奈良時代の歌人として有名な大伴家持の歌がありました。
「今よりは秋風寒く吹きなむをいかにかひとり長き夜を寝む」
これから吹く秋の風は寒いだろうに、愛するあなたを失った独りの夜をどのように過ごそうか、と秋の風の寒さとひとり夜長を過ごす寂しさをストレートに詠っています。家持から遡ること100年近く前、飛鳥時代を生きた額田王の恋の歌に惹かれました。
「君待つとわが恋をればわが屋戸の簾動かし秋の風吹く」
フッと揺らいだ簾に恋しい人の訪れか、と心ときめかせる女心の緊張感、でもそれはただ吹く秋風だったと知った時の心の揺れが、時を越えて響きます。秋の風に待ち人来たらずの寂しさを重ねる詩情が古代から表現されていたことに感動を覚えます。
詳しく見たわけではないのですが『万葉集』では、秋の風は寒く心の寂しさを詠ったものが多いようです。そして風にまだ色はついていないなと感じましたので、次に平安時代の歌集を繙いて見つけた歌がこちらです。
「吹き来れば身にもしみける秋風を色なきものと思ひけるかな」 紀友則
「物思へば色なき風もなかりけり身にしむ秋のこころならひに」 久我太政大臣雅美
ありました。秋風に「色がない」と詠っています。秋の風を寒いとも寂しいとも言っていませんが「身にしみる」で表現されています。さらにその風には色がない、と華やかさを失った秋の情景を描写した歌人の工夫に、陰陽五行思想が浸透した日本文化を感じることができます。秋の「色なき風」は漢語から「素風」とも、五行の「木火土金水」の「金」が秋に当てられていることから「金風」とも表現されています。
「石山の石より白し秋の風」 芭蕉
「宍道湖や色なき風はさざ波に」 渡辺恭子
「万華鏡のぞく色なき風の中」 橋本榮治
秋の風景の中にはっきりと色が浮かんでくるのが不思議ではありませんか。


夢のように過ぎてしまった「青春」人生にはもう一つ豊かな秋が…「白秋期」

草木の芽吹きと生長が盛んな春は、子供から大人への成長期を重ねて「青春」とされ、希望にもえて活動する時期。楽しく、苦しく、後悔しながらも夢がいっぱいの青春時代を誰もが持っています。このように人生は春から始まる四季にたとえられます。社会や家庭での責任を果たした後、まだまだエネルギーを充分持っている時期を「白秋期」と名づけて、高齢化社会を豊かに生きる指針を示した作家が五木寛之氏です。氏は50代から70代半ばまでを人生の黄金時代と考え、積んだ経験と心の余裕をもって、無駄なエネルギーを浪費せず合理的に冷静に歩むことで、本当の人生の収穫期を迎えられるのではと語っています。
人生の秋といえば寂しさなどマイナスの方向に考えが行きがちですが、顔をあげてゆっくり周りを見まわせば、これからも自分を活かせると気づいていけるのは本当に嬉しいことです。
空気が冷えてきて結ぶ「白露」が太陽の光を浴びてきらめくように、澄み切った秋の空を溌剌と体現する「白秋期」は誰もが目指したい生き方ですね。
参考:
五木寛之著『白秋期 地図のない明日への旅立ち』日本経済新聞社