出典「egg 公式サイト」より

最盛期に47万部を売り上げ、ギャル・ギャル男のバイブルとなった雑誌「egg」。2014年に惜しまれながら休刊したが、この春、Web限定で復活を果たした。「コギャル」「ガンギャル」「マンバ」「センターGUY」――数多の流行語を生みだしたeggだが、新生eggも新しい文化を創れるだろうか。創刊3号目から休刊まで19年にわたりeggに携わってきた筆者が、eggの歴史を振り返りつつ、新生eggの未来を占ってみた。

 

 

■創刊当初は「男性誌」だった

 

eggの創刊は1995年。初代の編集長は中川一晃氏(どこぞで米原なんたらという人物が「俺がeggを創刊した!」的なことを言っているらしいが、創刊したのは間違いなく中川編集長である。ちなみに筆者はこの米原なんたらという人物とはただの一度も面識がない)だ。

 

創刊前、中川編集長はeggのプロトタイプを私に見せ、「今度、“水着までOKってくらいの男性誌”を作るから手伝ってね!」と声をかけてきた。実は、「ギャル誌」として巷に認識されるまで、eggは書店の男性誌コーナーに鎮座していた。「欲しいけど、買うのが恥ずかしい」――。 当時はそんなクレームをよく聞いたものだ。

 

そんなeggに大きな注目が集まったきっかけは「女子高生ブーム」だろう。携帯電話が子どもたちの間に広まった90年代後半から2000年代初頭にかけ、女子高生は制服を着ているか否かにかかわらず、OL・人妻といった女性の“ブランド”で最高位にのぼり詰めた。

 

そうした時代に、「水着までなんだから、制服のオンナノコもよくね?」とばかりに女子高生のリアルを切り取り、彼女たちの言葉やパワーをあますことなく誌面に反映。いつしか女性誌へ方向転換し、瞬く間に時代の寵児となった。

 

編集部を市ヶ谷から渋谷に移した後も、ギャル文化を貪欲にくみ取っていく。予約や連絡がなくてもモデルの編集部来訪を随時受け入れ、時におやつや昼メシを食べさせ、若者特有の“青臭さ”を理解しようと努めた。「女の子を食い物にする雑誌」などとくだらない批判を受けたこともあるが、彼女たちの心のよりどころになるよう編集部を開放し、そこから吸い上げたものを雑誌にしていただけ。つまり、“WIN-WIN”な関係だったのだ。

 

 

■お金と一緒に押しつけられた「大人の都合」

 

創刊から5年後の2000年。ガングロ・マンバ(髪を明るい色に脱色し、肌を黒くするスタイル)な汚ギャルが世間を圧倒していた。ギャルブームが最高潮に達したそのタイミングで、中川編集長は驚くべき決断をする。

 

「人気がピークのときだからこそ、休刊しよう」

 

50万部を目前にして「THE FINAL ISSUE」(00年3月号)と銘打ち、突如“休刊宣言”。「俺、旅行雑誌でもやろうかなぁ」――。編集部でお茶を飲みながら、中川編集長はそうつぶやいていた。しかし、売れている雑誌の休刊を親会社が許すはずもなく、数か月後にあえなく復活。この頃から、少しずつeggは“ブレて”いった。

 

中川編集長の決断には理由があった。「読者モデル」という言葉の広がりに目をつけた周囲の大人が、雑誌に出ている女の子に接触。あくまで一般人の彼女らにお金をばらまき、SNSでの発信を強要したのだ。自分の気に入ったものを好き勝手に発信していた女の子たちが、だんだん大人の都合に振り回されはじめる。

 

「こんな服、本当は着たくないけど、(ブランド側から)撮影で着てって言われたから……」

 

そんな愚痴を聞くこと数知れず。リアルなギャル文化を発信していたeggがいつしか、アパレルやSNS系の会社といった「長い物」に巻かれざるをえなくなっていた。大人の都合でリアルが伝えられなくなる。ただの女子高生向け雑誌となったeggは部数をどんどん減らし、ついに休刊した。

 

 

■もう“リアル”しかいらない

 

休刊から4年が経とうとしていた今年2月。筆者のもとに、さまざまな関係者が復刊を知らせてきた。

 

「egg、復刊するって本当ですか?」

 

あわてて元編集部員の友人に確認すると、Web限定ながら本当に復活するとのこと。復刊を手掛けたのはeggの後期にeggを愛してくれた、当時10代だった若者たち。人気コンテンツなのに「広告営業向けではない」と廃止されたコーナー「アニマルトーク(読者のリアルなエロ話)」も復活。大人の都合に振り回されない、本来のeggを目指すという。

 

もし本当に、リアルな情報だけを届けられるなら――受け身になりすぎている近頃の若者が、新しい世界を切り開くための大きな武器となるだろう。しかし、以前と同じく、汚い大人の都合に振り回されるとしたら――それこそ、2年と持たず“終わる”のではないだろうか。

 

新生egg成功のカギは、イチもニもなく「リアルな若者事情」が発信できるか否かだ。金銭や大人のモノサシでは測れない“若さ”こそ、eggの武器なのだから。

 

19年という永きにわたってeggを支えてきた自負のある筆者としては、eggの復活を祝いつつ、大人のパワーに負けない子どもたちが育つことを、ただひたすら祈る日々なのである。

情報提供元:citrus
記事名:「復活した「egg」が2年と持たず“終わる”かもしれない理由